ぴいすのある利用者さんのものがたり

香奈さんは、特別支援学校を卒業して、ぴいすで働き始めました。
仕事は県立女子大の学食で、ランチの盛り付けと食器の洗い物です。
家から女子大までは少し遠いですが、毎日自転車で通っています。
香奈さんは知的障がいを持っています。
難しいことを考えるのは苦手です。難しい漢字も読めません。計算も苦手です。
器用ではないので、何かをするのもゆっくりです。
学生時代の香奈さんは、先生の言う事をよく聞いて、黙々と作業をする、一言で言えば大人しくて真面目な生徒でした。

ぴいすでの朝の仕事は、サラダの盛り付けから始まります。
香奈さんにわかりやすいように作られたマニュアルを見ながら、サラダを盛り付けていきます。いろいろな具を盛り付けるのと、たくさん数を作るので大変です。
それにランチタイムに間に合うように作らなければならないので、気持ちもあせります。
サラダの盛り付けが終わると、料理で使った鍋やフライパンを洗います。
家で使っている物より大きくて、洗うには力が要ります。

それが終わると、お昼休みです。
購買や学食で、自分の好きな物を買って食べるお昼は、毎日の楽しみです。
午後は、学生さん達の食べ終えた食器を洗います。
下膳用のシンクは毎日たくさんの食器であふれています。
先輩の利用者さんは、落ち着いて手際良く食器を洗っています。
それを見ると、自分もいつかあんな風に上手に出来るようになるのかな?と思います。

ぴいすに来たばかりの頃、手が滑って食器を落として割ってしまったことがあって、涙が出そうになりました。怒られると思っていたら、「怪我はなかった?大丈夫?」とスタッフが心配してくれたのでホッとしました。

ぴいすでの仕事が始まって3ヶ月。
仕事にも慣れて、女子大への自転車通勤にも慣れました。
ある日、ぴいすに行く途中、知らない人から「お前、なんか変だな。障がい者か?」とからかわれました。高校生くらいの男の子でした。とても悲しくなって、ぴいすに着いた時には涙が出てきてしまいました。それを見たスタッフが「どうしたの?」と聞いてくれて、何があったかを話すと、いろいろとアドバイスをくれて気持ちがすーっと楽になりました。

その日は凄く忙しい日でした。山のような食器の洗い物をしていると、食器を片付けに来た学生さんが、「ごちそうさま!ランチ、美味しかったです。」と言ってきました。
突然のことだったので、びっくりして、その時はなにも言えませんでした。
家に帰ってから、いろいろ考えました。
あの学生さんはなんで私にあんなことを言ったのだろう?
私がランチの盛り付けをしているのを知っているのかな?
今日、私が作ったサラダを食べてくれたのかな?
明日も食べてくれるといいな。
そんなことを考えながら、その夜は眠りにつきました。

次の日、ぴいすに行くのがいつもより楽しみでした。
サラダの盛り付けをする時、昨日の学生さんを思い出していました。
あの人がまた食べてくれるのかもしれないと思うと、いつもやってるサラダの盛り付けが
なんだか楽しくなってきました。
その日の食器洗いの時はドキドキしていました。またあの学生さんが来て、話しかけてくれるかもしれないと思うと、何となく落ちつかない気持ちでした。
けれど、その日、あの学生さんは来ませんでした。ちょっとがっかりしました。
次の日もあの学生さんは来ませんでした。もう会えないかもしれないと、寂しくなりました。
それから何日かして、いつものように食器を洗っていると「ごちそうさま!ランチ、美味しかったです。」と声がしました。
顔上げるとあの学生さんでした。嬉しくなりましたが、やっぱり声を出す事はできませんでした。
いつも、「ありがとうございます」と大きな声で言おうと思っていましたが、なかなか言う事が出来なくて悲しくなりました。
そんな私を見て、スタッフが「何かあったの?」と声をかけてくれました。
これまでのことを話すと
「大丈夫!毎朝、朝礼の時にみんなで『ほほえみの接客用語』を練習しているでしょ?あの練習のつもりで言えばきっと上手に言えるよ。」とアドバイスをもらい、「そうか!」と思いました。
今度あの学生さんが来た時には、必ず「ありがとうございます!」と言おうと心に決めました。
今日はいつもならあの学生さんの来る日です。食器洗いをしながら、小さな声で「ありがとうございます。ありがとうございます。」と何度も練習をしていました。
そろそろかな?と思って食堂を見ると、あの学生さんがこっちに歩いて来ます。
いつものように「ごちそうさま!ランチ、美味しかったです。」と学生さんが言った後、「ありがとうございます!」と自分でもびっくりするくらいの大きな声が出ました。
学生さんは「美味しいランチがいつも楽しみです。お仕事頑張ってね!」と笑顔で言ってくれました。嬉しくて嬉しくて、この仕事をやってきてよかったな、もっともっと頑張ろうという気持ちになりました。
スタッフにそのことを報告すると、とても喜んでくれました。
「他の学生さんにも同じように『ありがとうございます』と言えると、みんな香奈さんと同じように嬉しい気持ちになると思うよ」と言われ、「そうかやってみよう」と思いました。

次の日は下膳に来る学生さんみんなに「ありがとうございます!」と言ってみました。
びっくりする人もいれば、笑顔で「ごちそうさま!」と言ってくれる人もいました。お客様なのに反対に「ありがとうございます」と言ってくれる学生さんもいました。
「ランチの盛り付けをする事も、食器の洗い物をすることも、誰かの役に立っているんだよ。香奈さんが作ったランチを、学生さんが買ってお金を払ってくれて、それが香奈さんの工賃になるんだ。ランチの代金には盛り付ける仕事の分も、洗い物をする仕事の分のお金も含まれているんだよ。」とスタッフが教えてくれました。
「香奈さんは一生懸命仕事をしているから、盛り付けも上手になって、時間も早くなったね。」と褒められました。自分では気づかなかったけれど、そうなのかな?そうだとしたら嬉しいな。
自分がしていることを誰かに喜んでもらえるって、なんて気持ちがいいんだろう。
誰かの役に立つって、嬉しくて、楽しくて、やる気が出てくる。スタッフは「それが『やりがい』なんだよ」って言っていたけど、本当にそう思う。ぴいすで働いて良かったな。明日も頑張ろう!


   
社会就労センターぴいすは知的障がいのある人達が、一般の会社で働くのは難しいけれど、必要な援助を受けながら、自分の出来る仕事をして、なるべくたくさんの工賃を得るための事業所です。
この話しは、ぴいすに通っているたくさんの利用者さんが実際に経験したことと、いつかこうなったらいいなという思いを合わせて作った話しです。

僕(新井)は大学を卒業して、コンピュータの仕事を選びました。
その頃の僕は人と付き合うことが苦手で、人と関わる仕事がしたくなかったからです。人相手の仕事をするより、機械相手の仕事をしたいと思って、システム会社に入りました。
バブルの真っ只中のあの時代。仕事はいくらでもありました。毎日残業するのは当たり前、夜8時に仕事が終わった日は「今日は早かったな」と思うくらいで、月に200時間以上の残業をすることもあり、身体を壊して辞めていく同僚もたくさんいました。それでもシステム開発の仕事は好きだったので、仕事を辞める気はありませんでした(武術で鍛えた精神と身体も丈夫だった)。しかし、長く勤めるうちに社内の上層部には地位や名声を求めるあまり、一緒に働く同僚をおとしめるようなことをする人間がたくさんいることがわかり、そんな人間関係が嫌で退職しました。
どんなに給料が高くても意地悪な人が働くような職場では働きたくないと思い、良い人が働いていそうな求人を探しました。
「福祉」のことは全く知りませんでしたが、「福祉」という言葉には何となく良い人が働いていそうなイメージがありました。ハローワークで福祉の仕事を探すとすてっぷの求人が目に留まりました。障がいのある人とパンを作ったり、陶芸をしていると出ていました。障がいのある人とゆっくりパン作りをするのもいいな、と軽い気持ちで応募しました。今から思えば、福祉のことをよくこれだけ何も知らずにすてっぷを受けたものだと我ながら驚きます。
何も知らずに入ったすてっぷは自分のイメージ通りのところもあれば、そうでないところもありました。イメージと違ったのは、すてっぷにはゆっくりした時間は流れていませんでした(笑)。
でも、そんな忙しいすてっぷでしたが、やはり良い人が集まっていました。
すてっぷで働き続けている人は、みんな気持ちの良い人です。
利用者さんのことを真剣に考えて、本気で取り組んでいます。
みんなで頑張って、みんなで楽しんで、みんなで笑って、みんなで泣いて、時には意見が食い違って白熱したディスカッションをすることもありましたが、本当に気持ちの良い仲間です。
この仲間とならやっていけるし、一緒にやっていきたいと思えます。
すてっぷでの仕事は確かに大変なことも多いですが、利用者さんに良い支援をしようと思えばスタッフが大変なのは当然です。スタッフがそれなりのことしかしていなければ、利用者さんに良いサービスは提供できません。

すてっぷに来るまでは、障がいを持った人がこんなに身近に、こんなにたくさんいるとは思っていませんでした。いろいろな障がいがあることを知りました。同じ障がいでもその対応は一人ひとり違うこともわかりました。
障がいを持っているだけで、差別を受けたり、偏見の目で見られることも知りました。
障がいを持っていることで、同じ年頃の人が当然していることを経験できない、経験させてもらえない人がいることを知りました。
そして、障がいを持っている彼らが精一杯生きているのを見てきました。
僕らが関わることで、彼らの何かが大きく変わることがあるのを知りました。
彼らと仕事をする中で、何かの拍子に見せる優しさ、純粋さ、思いやりの心、素朴さ、そしてとびっきりの笑顔を見てしまったらこの仕事は辞められません。
利用者さんと一緒に僕らも幸せになることができるのが、この仕事の一番の魅力です。
利用者さんに働き甲斐を持ってもらい、商品を買ってくださるお客様に感謝されるには良い商品を作らなければなりません。それもスタッフの大切な仕事です。
利用者さんの様子を見ながら、良い商品を作り、お客様へのサービスもするスタッフは一人で何役もこなさなければならない大変な仕事です。
そんなぴいすで働く利用者さんとスタッフを見ると、僕は誇らしい気持ちになります。
みんなが心をこめて、できることを精一杯やっています。
そうやって笑顔の輪を広げていって、障がいがあってもなくても、誰もが人として尊重され、いきいきと輝いて生きて行く事ができる社会の実現を目指します。
利用者さんも家族も、それに関わる学生さんや教職員も、そして支援する我々スタッフもみんながそんな幸せを感じられるような社会を目指します。
ぴいすのある利用者さんの物語はまだ終わりません。
利用者さんとスタッフで最高にハッピーな物語の続きを作っていきます。
 

 

社会就労センターぴいす 
施設長 新井 亘
 
 
 
 

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